No,problem.

ーー出たら守ってやる。
一つ前の迷宮でそういったのはどこの誰だったか。
ただなすすべも無く、無情な時間ばかりが過ぎていく。

◆

遡ること1時間前。
「さっきの階層と特に変わりはないようだけど」
「そうだな。まさかこんなタイミングで皆とはぐれるなんて……」
 互いの靴音と、切れかけた蛍光灯の点滅する音が薄暗い廊下に響く。放課後悪霊クラブ。そろそろ終盤だろうと皆と話していた矢先だった。
里中や玲、岳羽さんはすっかり怯えきっているし、いくら怪談の類が平気だったとしてもいい加減この薄暗い迷路を歩き回るのもうんざりしてきた。
そんなことを思いながら、次の階層に行くための階段を降りたところで異変が起きた。
視界が歪んだような感覚に陥ったかと思えば、前や後ろにいたメンバーがこつ然と消えたのだ。
ーー今、横にいる湊を除いて。
 この時少し後ろを歩いていた湊が一瞬歩みを止めたのが判った。しかしこういった状況に慣れているのか、
「……はぐれたみたいだね。シャドウに気をつけながら探そうか」
 と、いつも通りの口調でそう言うと、また歩みを進める。ひとりではなかったことは幸いだが、階層も深くなりシャドウのレベルも上がっている。体力や気力に気をつけなければ共倒れしかねない。回復に至っては傷薬も各人1個ずつ持たせているだけで、回復スキルを持っているメンバー頼みにしていたのが仇となった。
 更に最悪なことにりせや山岸さんの声も届かない。さっきから何度か呼びかけはしているのだが、まったく反応がない。
新しい階層に移動したばかりでどこに何があるのか分からない状態で、更に後方支援も届かないとなるとこれまで以上に警戒しながら進まなければいけなくなる。
「……ダー、リーダー。大丈夫?」
 なんとかこの状況を打破しようと、思考を巡らせていたのか隣にいる湊が声をかけてきた。ハッと我に返る。
「あ、ああ。大丈夫だ、すまない」
「この迷宮内に居るのは間違いないだろうし、そんなに身構えなくても大丈夫だよ」
 また子供の霊が追いかけてくるかもしれないけど、と付け加えた。励ましてくれているのかそうじゃないのか計りかねるがこういう時の彼の冷静な立ち振舞がありがたい。
 武器に手をかけたまま横に並んで歩いていると湊がポツリと言った。
「……君は、本当に仲間を大切にしているんだね」
 それは嫌味でも褒めるでもなく、事実を述べるような淡々とした口調だった。
月光館学園のメンバーは皆複雑なのだと岳羽さんが以前言っていた。深く事情を聞いたわけではないが、これまで一緒に過ごしてきた中でなんとなく分かってきたのは、どことなくギクシャクしている空気が彼らにはあるのだ。
「……君だって、仲間のことが心配だろう?」
「うん、もちろんそうだけど……なんというか、僕たちにはない『気持ち』の部分がちょっと違うというか……難しいね」
彼にしては珍しく困ったような薄い笑みを残して、その言葉は虚空に溶けた。

 しばらく歩いていると扉がある部屋の前に来た。鍵はかかっておらず容易に開き、12畳ほどの広さの場所に出る。
「あ、あそこに宝箱があるね。どうする?」
 そう言った湊が前を指さした。確かに奥の壁の前にうっすら光っている箱がある。正直何が出てくるか分からないが、今のところ箱からシャドウが出てくる事態にはなっていない。開けてみるか。意を得たという風に表情を読み取った湊が前に出た。
「僕が行こう。君は後ろを」
「ああ、わかった」
湊が少しだけ歩幅を大きくして歩き出した時だった。
「ーーうわっ!」
 ドチャッ、という粘着質な音と湊の驚愕した声が重なった。待ち構えていたのか、たまたまか。天井からシャドウが襲ってきたのだ。
幸いさっきまで追いかけ回されていたFOEではないようだが、先制攻撃を受けたのには変わりはない。
「湊ッ!」
 床を蹴ってシャドウに近づく。覆いかぶさっている以上、スキルは使えないため粘着質な一端に刀を突き立てる。すると耳をつんざくような奇声を発して湊からは離れ、今度はこちらに向かってきた。これならーー
「来い!キウン!」
 青白い光を放ちながら出現したカードを握りつぶした。サブペルソナの上、効果があるかは分からないがとりあえず攻撃して削るのが先だとアギラオを放つ。ギャッ、という短い奇声をあげて一瞬ひるんだがまだ足りない。
「イザナギッ!」
 今度こそとどめを刺そうとイザナギを召喚し雷鳴斬を放った。すると声を発する間も無く煙のように消え去った。
 前階層からそのまま今の階層に来てしまっていたため、気力も今のでほとんどなくなってしまった。しかしそんなことを今は心配している場合ではない。
「湊!」
 息を整えながら消滅を確認して、数歩先で横たわっていた湊に駆け寄る。見た目には怪我はなさそうだが少し様子がおかしかった。なにか攻撃を受けたのか焦点が定まっていない。剣を握っていたであろう右手も心なしか震えている。剣は落ちてきた衝撃で離してしまったのか、宝箱の前まで飛ばされていた。
「……ぅ……ごめ、……麻痺と、混乱系のスキルを受けたみたいだ…あまり、近づかないほうが…」
 その言葉を無視して背中を支えるように起き上がらせた。
「こんな時まで人の心配か、待ってろ今傷薬を……」
「ちがう、そう、じゃ、な……あ、」
 言葉が急に途切れ、ふっと瞳から光が消えた瞬間にさっきまでほうほうの体だったはずの湊が、支えていた手をはねのけ、身を捩らせるように立ち上がった。自らの意思ではなく、まるで操り人形のように動いている。そしてその顔にはゾッとするほど綺麗で醜悪な笑みが張り付いていた。
そして右手にはーー召喚銃。
「……ペルソナ」
 引き金を引いた刹那、湊の背後にこれまでの探索や戦闘で見たこともないペルソナが出現していた。背中には8つの棺、何かの骨で作られたような仮面と漆黒の服。
 そうこうしているうちに背後のペルソナが湊の首元に指を引っ掛けたかと思うとそのままブチブチと下に引き裂いた。床にボタンが散らばり、その勢いでズボンもひざに引っかかる形になり、白い肢体があらわになってしまった。しかし湊の表情は変わらない。むしろほのかに上気しているように見えた。
「まさか……」
 麻痺や混乱だけでなく魅了まで受けてしまったのかと合点がいった。なりふり構わず、助けなければとペルソナを召喚しようとしたときだった。
『だめだよ』
 2人しかいないはずの部屋に子供のような声が響く。そして直後金縛りにあったように動けなくなってしまった。状況が飲み込めず、もがいてみるがびくとも動けない。かろうじて口は動くようだったがなんの役にも立たない。
「くっ……」
『君は彼と違う「性質」をもっているみたいだね。眩しいくらいだ』
「お前は……誰、だ……!今すぐこの拘束を……」
『さっきも言ったけどだめだよ。君はこのまま彼が「死」に蹂躙されるのを見ているだけしかできない。触れることもできない』
恐ろしい単語が聞こえて、身を固くした。召喚銃で確かに出現したのを見た、だがしかしあれは彼のペルソナではないのか。
『あいつは確かに彼のペルソナだけど正確には違うかな。僕でもある』
心を読んだかのように謎の声は返事をした。そこに感情はない。
『ああ、ほらーー』
 謎の声に気を取られている間に、湊はタナトスに膝下を持ち上げられ股を広げられる体勢で抱えられていた。辛うじて破れたシャツで隠れてはいるが、あろうことか秘部は透けており先走りで濡れていた。そしてそのすぐ下にはーー凶暴なまでにそそり立つ真っ黒な陰茎が。
「タ……ナト……ス……」
 ペルソナの名前なのか湊は掠れた声でそうつぶやくとまるで愛しい者にふれるように鋭利な口元に手を伸ばした。
この後の情景を想像し恐怖が肌を刺していく。
「やめろ!!!!!」
 叫びも虚しく湊の体はそのまますとん、と落ちるように押さえつけられた。抵抗はなく、すんなりと湊の体に収まった…かのように見えた。
その胎は、タナトスの陰茎の形にぼこりと膨らんでいた。
「ぁあ"ぁぁあ"あっっ!!!」
 動けない上に目も反らせないまま、快楽と痛みと恐怖が綯い交ぜになったような叫びに鼓膜が震える。
 タナトスは慣らすように小刻みに湊の体を揺らしていた。その度少しトーンの高い湊の嬌声が唇から漏れる。
 最初の衝撃で完全に気をやってしまったのか、虚ろな目で空を見つめている。
「あう……あ……あぁ……ふ、あ……」
抽挿を繰り返すたび黒いタールのようなものが湊の秘部から垂れ落ち、ごぽ、ぐちゅ、と水音も聞こえてきた。
「……っ」
為す術もなく目の前の光景をただ見ているだけしかできない歯がゆさで左手を固く握った。
『彼が君と仲良くなりすぎると僕のこと忘れちゃうんだ』
「なに…?」
『僕は彼の友達でね。ずっと一緒にいたのに……これは彼に対しての罰であり、君を困らせるためにやってることだよ』
「そんなのは、ただの……わがままだ!友人なら、今すぐやめさせろ……!」
 叫ぼうにも声が出ない。焦りと怒りで握りしめた拳からは血が滲んでいた。
『本当にそう思ってるの?』
 こんな状況下でありながらあまりに似つかわしくない淡々とした声に腹が立ったが、なによりその声の言う通り、湊の淫靡な姿を見て少なからず欲情してしまっている自分に嫌気が差した。
「ふ…あ、やら、もう入らな…壊れ、ちゃ…」
 普段の彼からは絶対に出ない、強請るような甘い声に耳がしびれる。湊も限界が近いのか、抽挿に合わせて腰をゆるゆると動かし始めた。屹立から先走りが糸を引いてコンクリートの床に染みを作る。それに気づいたのかタナトスは湊の陰茎に手を伸ばし軽く擦った。
「ひあっ?!や、やだ、両方、はっ、ダメ、だ……あ、んんっ!……っ」
 びくびくと体を捩り襲い来る快楽をなんとか逃そうとしているようだったが、抵抗はなんの意味も成していなかった。湊の胎はタナトスが動く度にうねっており、まるでそこに胎児でもいるような錯覚に陥った。
『彼の記憶には一切残らないから安心しなよ』
 笑みを含んだように謎の声が言った瞬間、タナトスが咆哮し湊の体を両手で掴み、自身の陰茎に更に深く押し付けた。
「グオォオォオオオオォオオ!!!」
 胎も咆哮に比例して膨らみ、収まりきれなかった黒い何かが湊の秘部からごぼごぼと大量に溢れ出した。
「あ、ーーーーーーーー」
 声なき声をあげて、湊もタナトスによりかかるように肢体をのけぞらせ吐精した。

◆

 さっきまでの光景が嘘のように、タナトスは霧散し謎の声も消えた。また、タナトスが消えた後、湊はそのまま床に倒れ込んだ。おそらく召喚したままの行為で気力も体力も残ってはいないだろう。
 拘束も解けたがすぐには動けず片膝をつく。拘束中に固く握りしめていた拳がなかなか開かず、無理やり引き剥がして湊に近寄った。
信じられないことにあれだけの行為があったにもかかわらず、タナトスが吐き出した黒い何かは痕跡もなく、湊に否応なく注ぎ込まれていたそれも一切残っていなかった。しかし残っていないのは幸いだったし、謎の声も「彼の記憶には一切残らない」と言った。そうであってほしい。そうでなければこの状況を説明できない。
 湊の顔は穏やかだった。どんなに酷い状況でも絶対に表情を崩さず、冷静さを失わない湊と、先ほどまで痴態を晒していた湊と、あまりにかけ離れすぎていて夢だと思いたかった。しかし湊自身が吐き出した精液等は生々しく残っており、思わず目を反らした。
と、視線を反らした先の湊の顔に涙の跡が微かに見え、ポケットからハンカチを取り出して拭ってやると少しだけ身じろぎしてぐり、と頭を押し付けてきた。その動きがまるで猫のようで苦笑いした。
「…早く、みんなを探さないとな」
 ハンカチをしまい、出来る限りの身なりを整え湊を背に抱えて立ち上がった時、
『…リーダー、サブリーダー!大丈夫ですか?!』
 透き通る声が響いた。ようやく後方支援が届く状況になったのだ。通信は待ちわびてはいたが、あと少し早かったらそれはそれで危なかったなと苦笑いしながらもその声に応える。
「山岸さん、こちらは大丈夫…とは言いがたいけれどとりあえず生きてるよ」
『無事でよかっ…あっ、でもサブリーダーの体力と気力が…』
「ああ、湊はシャドウに襲われて負傷した。今は俺が抱えてる」
『早く回復しないと…ええと、少し待ってくださいね…その部屋を出て左手の廊下に荒垣先輩とゆかりちゃん、天城さんが居ます。ゆかりちゃんが傷薬を持ってますので応急処置にはなりますが…』
「分かった、合流しよう。ありがとう山岸さん」
 少しでも回復できるならそれに越したことはない。荒垣さんもいるなら安心だ。

◆

 荒垣さん、岳羽さん、天城と合流して傷薬をもらい湊を優先して回復した後、天城がなけなしの気力で回復してくれた。合流した時に湊の姿を見た2人から質問責めにあったが、荒垣さんが制止してくれたおかげで事なきをえた。
湊の服に関してはシャドウに襲われた時に破けたと誤魔化したが、果たしてそれで納得してくれるだろうか。荒垣さんが神妙な顔をしていたのが気になるが湊のペルソナが湊自身を犯した、などと言えるわけがないのでそっとしておいてほしい。
 シャドウに気をつけつつ、他のメンバーと合流するべく湊を抱えたまま歩いていると荒垣さんに話しかけられた。
「…おい。お前も体力少ないんだろ、代わるぞ」
「いえ、大丈夫です。それにこんなことになったのは俺のせいでもあるし」
「この薄暗い中じゃシャドウに気づけなかったのは仕方ねぇ。あんま自分を責めんな。…あと」
「?」
「こんな状況で宝箱なんざほっておけばよかったのに、わざわざ確認しに行こうとしたコイツも悪い」
 荒垣さんはそう言って湊の頭にポン、と手を載せて溜息をつく。
「おおかた、お前の武器の素材でも探してたんだろ」
 言われてハッとした。迷宮に入る前、てづくりこ〜ぼ〜に寄った際にテオから「あと一個素材が揃えば鳴上様の武器を作ることができますね」と言われていた。
 今の武器でも戦えないことはなかったが、攻撃力が強化されるのはいいことだ。
武器についてテオに訊きたいことがあると荒垣さんも一緒に来ていたのだった。テオと話しているとき、荒垣さんは少し離れた場所で工房内を眺めていた様子だったが、こちらの話をしっかり聞いていたのだ。
「なおさら俺のせいですね……」
 ますます己が情けなくなる。リーダーとは名ばかりだ。
「……突っ込んだのは僕だ。君のせいじゃない」
 ふいに背中から声が聞こえて立ち止まる。湊が目を覚ましたのだ。
「湊!」
「ごめん、降ろしてもらおうと思ったけど体が全然動かなくて……荒垣先輩もすみません」
 湊がもぞ、と首を動かしたのが背中越しに伝わる。その様子に荒垣先輩は湊の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「俺は何もしてねぇ。ったく、鳴上に感謝しろよ。サブリーダー」
「はい。ありがとう、悠」
「俺こそ、……助けられなくて、本当にすまない」
 名前を呼ばれ、ひどい罪悪感と焦燥感に襲われ声が詰まってしまった。湊に気づかれなかっただろうか。
迷宮の中で共に時間を過ごすうち、名前を呼ばれることはすでに当たり前のようになっていたのに。
「シャドウに襲われた後の記憶が全然ないんだ。君に攻撃して怪我させなかったかな」
 そう言われ、先ほどの光景が脳裏に浮かんだ。むしろあの場で動けなかったことを叱責してくれたほうがよかった。
「俺は、大丈夫だよ」

end.