What is the name of that mystery ?

最終話ラストからの地続き的な話。(一部アニメから台詞拝借してます)

『本日も真夏日となるでしょう』
 テレビの向こう側で天気予報士が今日の天気をにこやかに告げている。もう少し暑そうな表情で言いなさいよね。届くはずもない悪態を心の中でついてから、リモコンを手に取りテレビの画面を切った。
そんな私もうだるような暑さとは無縁の部屋で、寝そべりながら漫画を読んでいた。外は相変わらず物騒だし、ここ数日の暑さのおかげで外出する気も起きない。
数ページをめくったところでコンコンと控えめにドアをノックする音がした。いつもならば多少なりとも姿勢を正すところなのだが、体を起こすのも億劫でそのまま返事をする。
「はーい」
「お嬢様、失礼いたします」
 その声を聞いて私はたじろいだ。しまった、この声はメイド長だ。今日は昼までお父様と出かける用事があると言っていたが、終わって帰ってきたのだろうか。そう思った瞬間にドアが開く。と、ドアを開けた主は呆れたような表情で、それからちょっとおおげさなくらいのため息をついた。
「お嬢様……またそんな格好で漫画を読まれて……」
「あ、あはは……ま、まぁまぁ、いつものことじゃない」
 慌てて身なりをただすもたぶんまた小言を言われるに違いないので、何か用事があったことをいいことに私はごまかした。
「ところで何か用事があったんじゃなくて?」
 少々乱れた髪を手櫛で整えながら言った。多少の用事であればわざわざ部屋に来ることもないだろう。しかし急用のような慌てた雰囲気でもない。
「全く……腰を痛めても知りませんよ。結城様がお見えです」
「え?探偵さんが?」
 世間を騒がせた別天王の事件以来、と言ってもまだ5日ほどしか経っていないのだが、敗戦探偵こと結城新十郎とは顔を合わせていなかった。
何か事件でもあったのだろうか?いや、事件があったって私にわざわざ言いに来るほど新十郎は優しくない。
それにしたって珍しいこともあるものだ。外に出られない格好ではないにしろ、もう少し動きやすい服に着替えよう。
「待っててもらうよう伝えて……あ、それから冷たいお茶でも出してあげて」
「かしこまりました」
メイド長にそう伝えた後、私は急いで身支度をした。

 話したいことがある。
思いの外時間がかかり、三十分ほど待たせてしまった。嫌味の一つ二つ言われるかと思ったけれど、新十郎は至って真面目な顔でそう切り出した。ここでは話せないからと彼の住む立入禁止区域へと足を運んだ。
崩れそうな建物の中を歩いていくと屋上に到着した。そこには色とりどりの野菜たちが気持ちよさそうに夏の日差しを浴びて鮮やかに実っている。
それらを横目にしながら、私はわざと新十郎に意地悪く言う。
「何ですか、わざわざ呼び出して」
「言い忘れていたことがあった」
 と言いながら新十郎は足元に落ちていた掌大の石を拾った。私はそれを気にも留めずに新十郎の言葉に被せるように続けて言う。
「またお父様の悪口?」
 私はくるり、とそっぽを向くように背を向ける。すると新十郎は私に向けて持っていた石を投げた――わけではなく、目線の先の崩れたコンクリートの壁へ投げた。
石は乾いた音を立てて壁に当たって落ち、その代わりにその壁の向こう側からパンダの帽子をかぶった少年・因果と、細いツインテールの女の子・風守が照れくさそうにひょっこりと顔を出した。
出てきたのを見計らって新十郎は再び口を開く。
「お前の言う通りだ。オレには、見せてないものがあった……聞いてくれるか」
 顔には迷いこそなかったが、私は少し驚き小さく頷いた。
父の葬儀(結局はそれも偽装にすぎなかったのだけれど)の時にお互い知らないことばかりだと話したことを、新十郎は覚えていたのだ。
少し古びたベンチに座り、新十郎は少しずつ記憶の引き出しを開けるように丁寧に言葉を紡ぎ始めた。

***

 すべてを話し終えた新十郎は、話す前と変わらない淡々とした表情で私に向き直る。
「納得してもらおうなんて思っていない。ただオレはこの先も美しい嘘でも汚らしい真実でもそこに謎が存在し続ける限り、暴き続ける……例えそれがアンタの父親が相手だろうが、な」
 新十郎はそう言って私から顔を逸らし遠くを見つめた。私もつられて同じ方向を見つめる。そこには綺麗な自然の風景でもなく、街の喧噪でもなく、ただ灰色の瓦礫が積み上げられているだけだ。
戦争、テロの傷跡。彼の瞳には何が見えているのだろう。この世界の何を見ようとしているのだろう。
「しんじゅーろー話終わったぁ~?」
 話の途中から眠りこけていた因果が目を覚ました。別天王の事件で彼(いや彼女と言うべきだろうか?)の真の姿を見たわけだけど私は未だに信じられずにいた。何より――。
「神様なのよね……一応……」
 人の真実、ミダマを暴くなんて芸当が普通の人間にできるはずがない。逮捕された速水さんは悪魔だなんて言っていたけれど。初めて出会ったときから幾度となくその姿を見てきた。そこでふとひとつの疑問が沸き上がる。
「女性の姿が倉田由子さんの身体、本当の姿は――置いといて。なら今の姿は誰のものなの?」
 我ながら酷い質問だと思いながら新十郎に問う。今の姿、つまりパンダの帽子を被った少年の姿だ。しかし新十郎はあっけらかんとしていた。そしてお手上げだというように肩をすくめる。
「さぁ?それはオレにも分からない。訊いたところでコイツが素直に答えるかどうか――」
 新十郎はふいに言葉を切り、いや、と思いついたように
「それとも、その謎はお嬢様が解いてみるか?」
 などと言い、顔は前を向いたままで瞳だけをこちらに向け薄く笑った。冗談じゃない。
「あなたに解けない謎なら私に解ける訳がないじゃない」
 私は頬を膨らませた。とはいえ新十郎の話からして今の因果の少年姿は「当時のまま」のようだ。
少々格好が奇抜ではあるが、風守と一緒にはしゃいでいる様子だけを見ると普通の少年だ。思わず注視し会話がふつりと止まる。すると遠くを見つめていた因果が私の方を振り返り、
「なになに~?ボクの可愛さに見とれてたの~?」
 口端を上げニッと意地悪そうに笑う。するとすかさず新十郎が言わなくてもいいことを口走る。
「このお嬢様がお前の今の姿が誰のものか知りたいそうだ」
「ちょっと……!」
 私は焦って思わず立ち上がったけれど、一度口を出た言葉は戻りはしない。当の因果は一瞬きょとんとした後、先ほどと違う意地の悪い笑みを浮かべて私の傍へ駆け寄り告げる。
「教えてあげてもいいけど、タダって訳にはいかないなぁ」
 ぺろ、と舌なめずりしながら私の顔を見つめた。驚くほど澄んだアメジストのような瞳に一匹の蝶が舞っているような幻覚を視て、私は射すくめられ動けなくなった。
背中に汗が伝うのが分かる。暑いはずなのにその場の空気がひやりと凍った気がした。忙しなく鳴いていた蝉の声が遠くに聴こえる。
今まで暴かれてきた人たちのように、私のミダマも暴かれてしまうのだろうか。
「……っ」
 数秒がとても長く感じる。因果は見つめたまま言葉を発さない。
「…………な~んてね。冗談だよ、じょ、う、だ、ん!」
ぱ、と先ほどの冷たい表情から一転して、無邪気な表情になり固まっている私の頬をつついた。呆気にとられていると続けて因果は言う。
「今はおなかすいてないんだ~」
「命拾いしたな」
 新十郎は明らかに面白がるような笑みを浮かべている。
そういえば目の前の因果は少年のままだ。いつもの艶めかしい女因果には変わっていない。最初からそのつもりではなかったということに気づいて私はカッと顔が熱くなった。本当に意地が悪い!
「か、からかうなんてひどいじゃない!」
 食ってかかる勢いで新十郎に詰め寄るが、
「オレたちもアンタの父親に散々振り回されてるんだ。それに比べたら可愛いものだろ」
 威圧も虚しく涼しい顔で流される。私とお父様は違うと言い返したかったが、ああ言えばこう言うで返されそうだったのでむっつりとした顔のままそっぽを向いた。
余裕のある態度が余計に腹が立つが、その冷静さに助けられたのも事実だ。誰かのためになりたい、その信条は今も変わらないのだと思う。
『目に見えない壁をあなたなら打ち壊してくれる』
新十郎にいつか言った言葉を思い出し、私はひっそりと笑った。